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東京大学大学院 工学研究科 化学生命工学専攻 柳沢 佑さん

材料科学の進歩は目覚ましく新規分子の機能の評価・検証には確立された実験方法が無いことから、最先端の研究でも実験系は手作りという場合が少なくない。
水中で利用できる新しい接着物質を発見した柳沢さんは、町工場と実験機器を開発することで、実験データの精度を2.5倍あげることに成功した。

分子のもつ可能性を追求する

 柳沢さんは、環境、食品、医療など、あらゆる分野の根幹を担う化学の世界に魅了され、分子のもつ機能を最大限に引き出すことを目指す超分子化学の道に進んだ。
超分子化学とは、水素結合や静電相互作用などのゆるやかな相互作用によって、分子の集合状態をコントロールし、単独の分子を超えた新しい機能をもつ化学物質を見出そうとする高度な研究分野だ。
古くは1987年に超分子化学研究に対してノーベル賞(Jean-Marie Lehn)が与えられており、現在でも熱や光など刺激に応答する材料の研究が盛んに行われている。柳沢さんの研究室での最初のテーマは、高含水性ゲルの高強度化。
なかなか思うように実験が進まない中、偶然、最終生成物の前段階で作られるポリマーに面白い性質があることに気がついた。
分子量が小さいのに、やたらベタベタする変わった性質だ。
何かに使えないかと考えた末に、水中で使う接着剤に思いあたった。

水中接着剤の課題を解決する新規ポリマーの発見

 これまでの水中接着剤にはいくつかの課題がある。
一般的に、ムール貝などの水中生物が分泌する粘着タンパク質を模倣したポリマーが用いられているが、酸化剤を一緒に入れないとポリマー同士が架橋しない、ポリマー自体が硬い性質を持っているため有機溶媒に溶かさなければいけないなどの課題を残している。
また、2種類の樹脂を混ぜ合わせて水中で硬化させるエポキシ系化合物もあるが、硬化までに何十時間もかかるうえに、反応性の高い官能基を使うため、毒性が懸念される。
いずれも生体への影響、環境負荷が高く、最終的なアプリケーションとして期待される海中構造物の修復や止血・骨折治療などのバイオメディカル用途にそぐわない。柳沢さんが発見した水中接着ポリマーには、これらの課題を払拭する可能性が秘められていた。

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研究者を支える町工場の知恵

 このポリマーの機能を探るため、柳沢さんは接着強度を測定する引張試験を開始するが、水中という特殊な環境下で測定できる既存の実験機器がなかった。アルミニウムプレートとクリップを使って自作の機器を作り実験を行ったが、得られた結果にばらつきがみられ、統計処理後のデータの信頼性が低い。
接着強度測定の重要なポイントは、接着面積と接着面の厚みが毎回同じであること、かつ、接着面が浮かないように水平を保つことである。
手作りの機器に限界を感じた柳沢さんは、リバネスとともに墨田区の浜野製作所の門を叩き、自分が思い描く実験機器のアイデアをぶつけた。「浜野さんは、私の想定外の部分にもアドバイスをくれました。
接着面積を一定に保つためにガイドをつけてずれないようにしようとか、バネを使って留めれば接着面全体を同じ力で押さえられる、というように、町工場の知恵が加わることによって思った通りの機器ができました」。

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町工場と開発した水中の引張試験に用いるオリジナル実験機器

実際に、開発された実験機器を使うと測定誤差が小さくなり、高い精度のデータを得ることができた。「新規の物質や特殊な環境で試験をするときは、自分で機器を作らなければいけないことが多いです。
大手メーカーでも取り扱いはないし、大学内にある工作室では単純な加工しかできない。一緒に知恵まで出してくれる町工場がいることは心強いです。」

 研究者と町工場の共同開発によって、また一つ、新たな研究が加速された。