最先端、でも誰もが使えるものを作る

東京大学大学院 情報理工系研究科 五十嵐 健夫 教授

情報技術の発展により、今やあらゆる分野でデジタルとアナログの境界があいまいになってきている。CGの技術に革新をもたらし、2006年には、未来を有望視される研究者に与えられる賞「Significant New Researcher Award」を受賞した1人の研究者に、今、世界が注目している。

イラストを簡単に3D化できるソフト

パソコン上で書いた絵が次の瞬間に立体化され、3Dになる。できた立体はくるくると回転させることができるし、途中で絵の加筆修正もできるインタラクティブ性を持つ――五十嵐教授が学生時代に開発し、世界中にインパクトを与えた三次元モデリングシステム「Teddy」だ。世界最高峰のコンピュータグラフィックス学会のカンファレンス「SIGGRAPH」で優秀論文を受賞し、その後もプレイステーション 2のソフトにも応用され製品化されるなど、世界中から注目を集めている。

誰もが創造力を発揮できる社会を目指す

五十嵐教授の研究テーマは「ユーザーインターフェース」。特に、初心者でも簡単に3D表現を行うことができるような技術の研究を進めている。そこで大事になってくるのは、ゴール設定とアプローチ方法だ。Teddyでは、コンピュータが入力された二次元の多角形の芯線を見つけて、その芯線を元の多角形に垂直な方向に、上下に持ち上げる。さらに高さは、芯線と多角形の周との間の距離に比例した値を算出する。芯線と多角形の周にメッシュをすることで三次元モデルを計算するのだ。五十嵐教授は、そのほかにも紐の結び目を簡単にデザインできるソフトや、自由な形状でかつ正しい音のなる鉄琴をデザインできるソフトなど、一般のユーザーが直感的に使えるようなものを幅広く開発している。

パソコンに向かっているだけでは見えないニーズを探る

インターフェースの研究は、製造業やサービス業、日常生活などあらゆるシーンで活用され、1つの成果が既存の仕組みを大きく変化させる可能性を秘めている。「たとえば、町工場の人に私の研究を見てもらって、その上でどんなソフトがあったら便利なのか、具体的なニーズを聞いてみたいです」。そんな思いから、五十嵐教授は9月に行われる町工場との交流ワークショップ「新分野ジョイントワークショップ」にも参加する。古くから産学連携が当たり前のように行われる工学分野だからこそ、既成の枠に捉われない新たなコミュニケーションが必要なのだ。

金属成形ができる3Dプリンタ、研究中。

東京農工大学大学院 工学研究院 笹原 弘之 教授

アメリカで始まったメイカーズムーブメントにより、今や3Dプリンタは工学系の研究者以外からも注目を集めている。現状、樹脂が主流のこの技術を金属でも活用できるようにするための研究が活発に行われている。

3Dプリンタの普及で高まる造形技術への注目

3次元造形技術の金属部材への適用に関して、現在の主流はレーザーを用いて金属粉末を溶かして固める粉末焼結法だ。しかしながら、使用できる金属材料に制限が多く、強度・密度の点に課題を抱えているため実用化には至っていない。一方で、近年では金属の接合技術である溶接を利用した造形技術の研究が進められており、航空機産業などで商業的に利用可能な技術として期待を集めている。

アーク放電による金属積層

noukoudaiそんな中で笹原教授が注目したのはアーク放電で金属を溶かして固める方法だ。送給装置から連続的に出された溶接ワイヤは、基板との間で発生するアーク放電とジュール発熱によって先端が溶融金属となる。その後表面張力により球状となった溶滴が基板に積層していくことで造形を行う。現在の加工精度は±0.5mm、高速切削と同程度の速度での造形ができるのだという。さらに、マシニングセンタの主軸頭に溶接トーチを設置することで造形自体も可能となるため、中小企業でも導入できる点も特徴的だ。既存の3Dプリンタの加工精度が0.01mm~0.1mm程度であることを考えると、後工程で切削が必要という現在の課題を解決することができれば、一品ものの金属部品や金型製作分野に大きな変化をもたらすことができるはずだ。

すべては加工技術向上のために

現在、機械加工技術の分野では、微細加工や精密加工の研究が多く、笹原教授のように基盤技術としての加工技術を研究する研究者は減少傾向にある。そんな中で笹原教授の研究室では、中小企業との共同研究も積極的に行っている。発電用ガスタービンなどの難削材加工に適用可能な新しい研削技術について中小企業との共同研究を進め、共同研究先の社長は今春に博士号の学位を無事取得したのだという。ビジネスのグローバル化やアジア諸国の台頭により、日本のモノづくり中小企業の大学への期待は高まる一方だ。中小企業と連携した新技術の開発こそが世界でトップレベルである日本の加工技術のさらなる発展につながるのではないだろうか。

生きた人間の動きを再現 3D人体模型アプリteamLabBody

ウルトラテクノロジスト集団 チームラボ株式会社
大阪大学大学院医学系研究科 菅本 一臣 教授

ウルトラテクノロジストを自称するチームラボは、プログラマ、エンジニア、数学者、建築家、デザイナー、アニメーター・・・、ありとあらゆる情報化社会の技術者たちが集まり、次々とデジタル分野のアーティスティックな作品を生み出している。今度は大阪大学整形外科の研究チームと組んで、世界初の医学アプリをリリースした。

世界で初めて生きた人間の関節の動きを解明

TB2人間の体には200以上もの関節が存在し、それらを複合的に使うことで、歩いたり、屈んだり、日々の生活に必要な複雑な動作を可能にしている。各々の関節がどう作用し合って動いているのかを正確に理解することは難しく、これまでの医学では、亡くなった患者さんの献体解剖から関節の位置や形を把握し、動きを予測していた。自らの意思で動かした人間の関節はどうなっているか。世界で初めてその疑問を解決したのが、菅本一臣教授率いる研究チームだ。

CTやMRIのイメージ画像をもとに、骨の三次元的な位置を計算し、立体動画として可視化するコンピューターソフトを開発。膝部分だけでも2,000人という膨大なデータを解析して、生きた人間の皮膚や筋肉の収縮を加味した全身の立体骨格モデルを完成させたのである。この研究により、全ての関節において従来の解剖学書とは違う動きをしていることが明らかとなり、医学界に衝撃をもたらした。

3Dモーショングラフィックスでリアルに動く人体模型を実現

関節にとどまらず、筋肉・神経・血管などの形や動きを正確に把握することができれば、治療や手術はもちろんのこと、医学生の教育にも大いに活用できるはず。そこに着目した菅本教授とチームラボは、精度の高い3Dモーショングラフィックスを駆使して全身の動きを忠実に再現する「teamLabBody -3D Motion Human Anatomy-」の開発に乗りだした。このアプリは、菅本教授の研究をもとに人体の全827部位をビジュアル化しており、iPadのタッチパネル操作で、見たい部位だけを3D閲覧したり、角度や倍率を自由に調整することができる。

長年に渡り研究者が解明できなかった生きた人間の動きは、計算ソフトや3Dモーショングラフィックスといったテクノロジーの集積により、いつでもどこでもだれでも入手できる3D人体模型アプリへと進化を遂げた。生命科学の知見をもとに、テクノロジーが生みだす世界は人間の想像を遥かに凌いでいるのかもしれない。

teamLabBody-3D Motion Human Anatomy- App
カテゴリ: メディカル
価格: ¥2,600

teamLabBody-3D Motion Human Anatomy- App
カテゴリ: メディカル
価格: ¥2,600

チームラボ株式会社

[所在地] 東京都文京区本郷1-11-6 東接本郷ビル5F
[TEL] 03-5804-2356
[FAX] 03-5804-2422
[E-mail] [email protected]
[URL] http://www.team-lab.com/

分身ロボットが孤独を癒す 株式会社オリィ研究所 吉藤 健太朗

遠く離れた人に会いたい-そんな想いを抱きながら、孤独を抱える人は数多くいる。高性能な各種センサ、音声・画像認識などを搭載したハイスペックな家庭用のロボットが数多く開発される中、シンプルな機能ながら要介護者や病院から多くの共感を集めるロボットが早稲田大学発のベンチャー企業「オリィ研究所」のOriHime(オリヒメ)だ。

OriHimeにはWebカメラとスピーカー、集音マイクがついていて、見たもの、聞いた音をPCやタブレット端末を通じて体験し、スピーカーを通じて自分の声を相手に届けることができる。
そして首をリモートコントロールで動かすことで、自分が見たい映像を見ることができる。
機構としては極めてシンプルだが、使用者の反応は極めてよい。
「コミュニケーションロボットは、状況に応じて笑顔になったり、怒ったりと言葉以外の表情も重要だと考えられがちですが、OriHimeは無表情。顔の表情はなくても、能面を参考にデザインされた顔と音声と体の動きから、周りに居る人は表情を”感じる”事ができるのです」。
実際に病院で無菌室から出られない女の子が家族と時間を共有できるようにとOriHimeを使って実験したところ、ロボットがあることで家族は彼女に向かって話しかけるように会話ができ、彼女自身もまるで自分がその空間にいるような感覚を持つことができたのだという。

プラットフォームとしてのロボット

吉藤さんが目指すのは、ロボットの普及ではなく、その先にある「会いたい人に会えて、行きたいところに行ける社会」を構築すること。
そのため、OriHimeを構成するソフトウェア、ハードウェア、インターフェイスの3つ技術を、それぞれオープンプラットフォームとして開放し、パートナーを増やしていくモデルを描いている。
孤独を抱える人々からの生の声を聞き、多くの人々と共同で問題を解決することが目指すべき世界への一番の近道だと考えているからだ。
実際の病院や患者と連携し、臨床研究を進めることができるこのオリヒメプラットフォームを活用してくれる共同研究先を、彼らは今、求めている。

株式会社オリィ研究所

[所在地] 東京都墨田区八広4-39-7
[URL] http://orylab.com/